2008/06/09

読み終わったよ/姜尚中の「悩む力」

Tower以前夏休みで日本に帰ってるときにNHKで姜さんのやってた夏目漱石の講座を見ていたことがあり、姜さんの悩み多き青春時代を送っている所とか何となく勝手に親近感感じていたんですが、今回紀伊国屋でこの本が平積みになっていたので早速買って読んでみました。

以前TVでやってた講座と若干だぶる部分もありますが、仕事、お金、恋愛、老いと、ホントに政治学の教授なのか?と疑わしくなるくらい多岐にわたる分野について綴ったエッセーです。
いやー、いいっすね、やっぱり。凄くまっすぐな人なんだなぁというのが文面から伝わってきます。
「自我が肥大化しすぎて他者と折り合いがつかなくなる」とか「人とのつながりの中でしか『私』というものはありえない」とか、20歳前後で悶々としていた頃の自分に聞かせてやりたいような言葉が沢山ありました。

特に僕が面白いと思ったのが、仕事と愛についてのところ(繰り返しますが、姜さんは政治学者です(笑))。

社会の中での人間同士のつながりは、深い友情関係や恋人関係、家族関係などとは違った面があります。もちろん社会の中でのつながりも「相互承認」の関係には違いないのですが、この場合は。私は「アテンション(ねぎらいのまなざしを向けること)というような表現がいちばん近いのではないかと思います。ーーーですから、私は「人はなぜ働かなければならないのか」という問いの答えは、「他者からのアテンション」そして「他者へのアテンション」だと言いたいと思います。


「愛には形がない」ということです。形がないだけでなく、「愛のあり方は刻々と変わる」のです。ーーー結局、愛というのは、ある個人とある個人の間に展開される「絶えざるパフォーマンスの所産」の謂いなのであって、どちらかが何かのはたらきかけをし、相手がそれに応えようとする限り、そのときそのときで愛は成立しているのだし、その意欲がある限り、愛は続いているのです。ーーー愛とは、そのときどきの相互の問いかけに応えていこうとする意欲のことです。

愛=”問いかけに応える意欲”かぁ。うーん、こりゃ中々深いっス。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

読み終わったよ/村上春樹の「東京奇譚集」と「国境の南、太陽の西」

いつもNYで日本の本を買う時は紀伊国屋書店で暫く物色してから買うんですが、今回は村上春樹の本が平積みになってるコーナーがあり、本のタイトルに引かれてこの二冊をチョイスしました。特に「国境の南、太陽の西」とか、めっさカッコいいタイトルだのう。

「東京奇譚集」は短編集なので、さらっと読めました。導入部分が秀逸で、いきなり村上春樹自身の体験談と、村上春樹が知り合いから聞いた話から始まり読者を自然に話の中に引き込んでいきます。特に僕が面白かったのは最後の「品川猿」かな。終盤からのいきなり猿が喋りだしたりする超展開に(そういや村上春樹の他の作品でも「かえるくん」とかいう喋るカエルが出てきたな)ちょっと面食らいますが、最後にそれまで殆ど触れられることの無かった主人公自身のつらい過去の秘密が明らかになり、主人公自身の再生の物語として話は終わります。

さて、「再生」と並び村上春樹のもう一つのテーマである「喪失」感満載なのがもう一つの「国境の南、太陽の西」。何かと「ノルウェーの森」ダブる所があるように思うんですが、ラストも「何か村上春樹ならこうなるんじゃないかなー」と予想できてしまうところはちょっと残念。結ばれることの無い幼なじみのヒロインに相変わらずジャズが話のキーポイントとして使われたりと、ちょっとパターンが決まりすぎていて窮屈な感じもしました。
まぁなんだかんだいって楽しんでるんですけどね。暫く他の作家の人の本読んだら、次の村上春樹の本は「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」でも行ってみっかな。

Hellyes_2

NYは最近になって連日35度オーバーの猛暑続きです。僕が住んでる姉のアパートには冷房ついてないのでかなり辛い…。さぁ、あとちょっとで一ラウンド目のインターンも終わりかぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/06/02

読み終わったよ/隈研吾の”負ける建築”

まず「負ける建築」というタイトルに”こういうデザインはコンペで負ける”っていう話なのかと思ってたのですが(←アホ)「突出して勝ち誇る建築では無く、地べたに這いつくばり、様々な外力を受け入れながら、しかも明るい建築というのがありえるのではないか…」という帯に書いてあった文句に惚れて読み始めてみました。
読んでみるとこれが中々面白い。建築に関するショートエッセイをまとめたものなのでサクサク読めますし、建築の専門的なことを掘り下げるのではなく、日常的なことや政治経済など広く建築の外の世界のことと建築を結びつけながら話がすすむので、きっと建築が専門でない人が読んでも面白いんじゃないでしょうか。

タイトルの奇抜さからも伺えるように、時に辛辣な記述もありますが(”コンペ=美人コンテスト””建築家=誇大妄想家””建築業界=風俗産業”などなど)どれも的を得ているんじゃないんかと僕には感じられました。そのなかから特に印象的だったところを紹介してみたり。

たしかに自由に流動し続けるドローイングは可能になった。しかし、その自由をもし現実の世界に着地させようとおもいたったなら、自由は特定の敷地の上にピンで留めつけられ、特定の物質を使って動きようの無い形に固定されなければならないーーーそこにはもはやスクリーン上にあふれていた流動性も曖昧さも無くーーーその形態の「自由」は、一層その建築の不自由さを際立たせた。

「商品は命がけの跳躍をする」とマルクスは言っている。ーーー村野にとっては建築も建築家も、命がけの跳躍をするひとつの商品であった。

建築は項を開いた人のみに出現するような閉鎖的、選択的なメディアではなく、誰に対しても等しく出現する公共的、強制的なメディアであった。

その場所、その場所の微妙で多様な条件をリスペクトしながら、一つずつユニークな解答を出していくようなねばり強いクリエイティビティーは消滅していく。建築とは本来がブランドの反復ではなく、個別で一回限りの解答の積み重ねだったはずである。それが建築と商品の差異であったはずである。

などなど。特に「建築は強制的メディア」ってくだりは、建築に携わる者に社会に対する責任を気づかせてくれているように思います。

Stairs

さてさて、先週に続き、今週もジャズバーに行ってきました。なんか毎週末の楽しみとなりつつあるなぁ。

今回はNYで最古のジャズバー、Village Vanguard. 平日の11時の回は学割がきくのでそこを狙っていってみました。

…んが、これが酷かった。シロートの僕が言うのもなんですがやっぱり酷かった。一人一人は演奏上手いんですが、何だがバンドとしてちぐはぐで(どうもいつものメンバーにゲスト奏者を迎えたユニットらしい)サックスの人が入るとこ間違えたり、しまいにはひたすら一人で突っ走るピアニストにドラムのバンドリーダーが演奏中にも関わらず「いい加減にしろ!」と怒りだす始末。

いくら観客学生ばっかりっつっても、もうちょっとちゃんとやってくれてもなぁ。プロならパフォーマンスの前にちゃんとメンバーでコミュニケーションとっとけよ!、と。

期待していっただけにちょっとガッカリ。まぁやっぱり何処のバーかっつぅよりどのバンドかってことが大事ってことっスよね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008/05/28

読み終わったよ/小田実の”何でも見てやろう”

暑い、暑すぎるぞニューヨーク!

NYは先週までコート着ないと寒いくらいだったのに、今週からいきなり半袖でも汗出てくるくらい暑くなりました。なんだかちょうどいい春の気候の時期が無かったなぁ…。

さてさて、NYでのインターンも残り少なくなってきました。仕事は基本的にいつも暇なんですが締め切り前は激しくこき使われるというなんだか極端なサイクルが続いています。先週末なんかほぼ毎日夜遅くまで残業で、プレゼンの前の日はチームの人皆8:00amまで残業。そのまま社員の人がタクシーをラガーディア空港までかっ飛ばしてクライエントの元へ向かう上司の人に図面やら模型やらを渡すというアクロバティックなことををやってのけました。
…と思ったら一転今週はヒマヒマ。なんかもうちょっと満遍なくできないもんかしら…。

相変わらず通勤の地下鉄の中で読書続けてるんですが、何冊か読み終わったので感想とか簡単に書いてみたり。

一冊目は小田実の「何でも見てやろう」。ビンボー旅行記の先駆けみたいな本じゃないでしょうか。SHOのオヤジ推薦の一冊。
「ビート」とか「ベトナム戦争」とかさすがに”古いなぁ”って感じざるを得ない所もありますが、やっぱ旅の話は心躍りますね!
アメリカの田舎にある大型スーパーなどで見られる画一的な陳列やパッケージドされた食材などが放つ「アメリカの匂い」に関する記述は僕も色々経験があるので共感することしきりでした。
実は前半のアメリカとかヨーロッパで小田さんが金髪のガールフレンドと楽しく遊んでるあたりの話はあんましピンと来なかったんですが、意外と終盤のアラブ圏の旅で色々騙されたりインドで世間の賤民に対する扱いを目の当たりにしたりと、そういう人間のむき出しの汚い部分に触れた苦しい経験の中から何かを見つけようとする真摯な姿勢にグッときましたね。ラストの旅で得た経験を交えた「貧しさ」に関する記述は何か迫ってくるものがあります。

Jazbarさて、うってかわってこちらの写真。NYにいるならJazzを聞きにいかねば!と、うちの近くのジャズバー「SMOKE」に行ってみました。こじんまりしてていい雰囲気のバーでしたよん。

ところでカウンターの奥にかかってる日本人っぽい写真は秋吉敏子
さんか?


追記:ネットで小田実のこと検索していたら、どうやら右だの左だので色々議論の的になっている方のようで。ベ平連のこととかも少しは知っていますが、ここではただ一旅人としての小田実なので、あしからず…。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2008/05/05

NYの地下鉄と雑踏の中のアーティストたち

毎日インターンしているミッドタウンの建築事務所までは地下鉄で通勤してるんですが、今日はその地下鉄について。

日本と何が違うって、まず運転がかなり乱暴。まず何かに捕まってないと転びます。そういう訳でみんな手すりにつかまるのでいつも手すりがベトベトしててちょっとイヤーンな感じ。
そしてとってもいい加減。どういう訳か夕方の帰りの電車はしょっちゅう何かトラブルで遅れてきて、それで遅れを取り戻すためにどうするかって言うと、なんと鈍行の電車なのにいきなり途中の停まるべき駅をすっ飛ばしたりします。これはかなり衝撃的&笑えます。僕はこれを勝手に”気まぐれ急行”と名付けてみました。すっ飛ばされた駅で電車待ってた人ポカーン。
自分は鈍行に乗ったつもりなのに、いきなり前の駅で停まってる所で「次の駅飛ばします」とかいうアナウンスが入ったりするもんだからもう大変。車内はあわてて降りる人で大パニックです。と、思ったらすぐに前言撤回したりもするので油断はできません(笑)。

良い所もありますけどね。やはり駅構内で繰り広げられる数々のアーティストたちによる演奏は日本には無い粋な計らいだと思います。よく民族楽器とかの演奏があるんですが、これは演奏は良いのですが線が細いので、地下鉄構内の騒然とした環境ではやっぱり負けてしまってあんまし響かないんですよね。
その点やはりジャズはいいっすねー。NY本場ですし。地下鉄構内の雑然とした環境に負けないパンチがあるし、むしろそういう環境こそしっくりくる気もします。大体僕が足を止める演奏はジャズですねぇ。
この前なんかホームのベンチに普通に座ってた一見ホームレスと見間違えるような爺ちゃんがいきなり歌いだしてビックリ。しかも無茶苦茶ウマいくて周りの人も釘付け。鳥肌たちましたですよ。今のところあの演奏がベストだなー。またあの爺ちゃん会えんかしら。

あ、そうだ。ジャズ聞きにいこ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

«花見 in New York